つづき譲・BLOG


自由・自立・連帯の精神のもと政治の課題等を考えます
by vmn05756
都築 譲 Profile
昭和25年9月23日生
63歳
- - - - - - - - - - - -
一色中学、刈谷高校、
東京大学卒
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労働省入省、
愛知県庁勤務を経て
参議院議員(1期)、
衆議院議員(2期)
幡豆郡一色町長(2期)
- - - - - - - - - - - -
(財)三河郷友会理事
- - - - - - - - - - - -
健康法 一日一個のリンゴ
身長178.5cm 体重70kg
- - - - - - - - - - - -
連絡所
岡崎市大西町字渕田61-22
西尾市一色町一色上屋敷
267
Eメール:
tsuzuki5055@gmail.com

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大晦日、靖国再論

12月31日(火)、大晦日。
 一昨年から今日まで本当に多くの皆さまから応援いただき、励ましていただき、誠にありがとうございました。お陰で元気に新年を迎えることができます。皆様もどうぞ良い年をお迎えください。

<靖国再論>
 安倍首相の靖国参拝について内外の論調が続く。安倍首相が地域の不安定要因だ、などなど。
 最近の報道ぶりでは、この問題の本来の論点がはずれてきていることが懸念される。
 つまり、「国のために戦死した人」たちに哀悼をささげることには誰も異論がないだろう。
 問題は、戦争指導者と犠牲となった一般兵士、一般国民を混同していないか、ということ。安倍首相が「英霊にたいし尊崇の念を捧げるのは当然」と言う時に、「英霊」には戦争指導者が含まれているのか、いないのか。
 1972年の日中平和協定のとき、当時の周恩来首相は、日本の一般国民はじぶんたちと同じく戦争の犠牲者であって、責任は戦争指導者にある、と明言している。そして当時、天皇陛下や首相の靖国参拝は毎年行われても中韓からの批判はなかった。
 しかし、1978年(昭和53年)に新しく宮司になった松平氏が厚生省援護局職員、遺族会幹部と計らって突然A級戦犯14名を合祀した時から、中韓は問題視するようになった。A級分祀などの案が出されたが、靖国神社は出来ないと言っており、解決は困難な状況が続いている。
 検討すべき点は次の通り。
 ①靖国神社の祭神名簿の元になる霊璽簿を厚生省援護局が送付するのは、戦後の政教分離の原則に反するのではないか。
 ②担当した援護局職員は陸海軍出身の大佐級の職員(本省の課長級)とのことだが、文書規定などによって決裁権限のある上司の決裁を得ていたのか。得ていなければ権限踰越の行為として直ちに無効の行政行為として取り消してしまえばよいのではないか。
 ③神社が何を祀るかは(特に日本の神社では)自由だから関与しないが、政府としてはけじめはつくのではないか。
 ④戦勝国による東京裁判でA級戦犯が裁かれたが、日本人自身による戦争犯罪人の責任追及は行われずに来てしまったことが、この問題の背景になっているのではないか。
 ⑤日本人自身も戦争被害者の意識を強く持っていたが、今や加害者が誰か忘れてしまったのではないか。
 ⑥戦後68年間アメリカの自由経済陣営に属して、われわれ日本人はアジア諸国に対して経済協力をしてきたが、真摯に戦争の反省やお詫びの気持ちを表してきただろうか。
 ⑦お詫びを続け今やヨーロッパの中心にいて、国連の安保理常任理事国に準ずる地位にいるドイツを見るとき、近隣諸国からも嫌われる今の日本という国はどこからこうなったのだろうか。
 ⑧安倍首相は、戦争指導者は尊崇の対象ではないと明言できないのか。310万人の一般国民の犠牲者を生んだ太平洋戦争の戦争責任をどう考えているのか。近隣諸国と話し合うこともできなくて、国民の将来をどうするつもりか。「福島原発は完全に制御」とか実態と発言の乖離がひどいが、口先で黙らせるのが「政治」と考えているのか。
 

by vmn05756 | 2013-12-31 22:35

突然、偶然、それとも独善?

12月26日(木)
 午前10時、故池田龍一先生のご葬儀に参列。地域の発展に貢献された。敬意と感謝。合掌。

 午後、安倍首相の靖国参拝の報道。戦争で戦死した方たちの慰霊は当然だ。
 しかし、310万人の国民を死に追いやり、それを上回る数のアジア諸国の犠牲者をもたらした太平洋戦争の指導者もまつられており、その人たちに「尊崇の念をささげる」ことは被害国で問題になることは分かり切ったこと。また、戦争に駆り出されひどい目にあった日本国民も同じ気持ちだったろう。
 問題の本質は、中韓との関係が悪化するというよりも、日本人として中韓をはじめアジアの国民に対する誠意を持った反省とお詫びの気持ちが足りないことではないか。
 当時のソ・中・朝の共産陣営に対する防波堤の役割をアメリカから与えられ、ずいぶん自分に甘い外交に浸ってきたのではないか。外交はアメリカ任せ、内政は官僚任せ。政治は利権ぶんどりだけ、の伝統を今の政権はしっかり受け継いでいる。
 ドイツを見よ。ナチスの暴虐に対して、戦後の西ドイツ政府は、国としての毅然とした誇りを維持しつつ、先人たちが犯した過ちについて近隣諸国に対して懸命にお詫びをし、友好関係を築くように低姿勢で外交に当たった。
 今やEUの中心になり、国連でも安保理常任理事国と同様の扱いを受けるにいたっている。(シリア問題を見よ。)日本は中韓の反対で「名誉ある地位」さえ与えられない。
 われ一人正しい、われ一人尊い、われ一人高い。と言うのが戦前の日本指導者の発想。310万人の戦争犠牲者によって(を出して)我々日本人が得た教訓は何だったのか。
 友好、協調、協力の関係を築くことではなかったか。戦争するよりも、協力の方が日本人の生活を豊かにしたのではなかったか。
 独善は全て頽廃、腐敗の原因であり、国民の困難、困窮を結果する。

 南スーダンの緊張で、韓国軍に自衛隊が銃弾1万発を提供したとのことで、集団的自衛権に関する話が出ているが、間違っていると思う。
 そもそも日本の自衛隊は集団的自衛権の名前の下で南スーダンに行っているのではない。治安維持という警察行為を行うもので、武力の行使は自衛の範囲内に限られる。無差別の殺戮さえも厭わぬ軍事行動(自衛権と言う名でも)とは明確に異なる。

 昨日の地方紙で合併後の公共施設整理計画案が議会協議会に示されたとのこと。必要なことは分かる。しかし、行財政委員会7人とアドバイザー(?)で取りまとめたとのこと。
 市民の参加、中でも対象となる一色、吉良地区の住民の声はどこまで聴き届けたのだろうか。行財政(お金の話)の重要さは分かるが、住民の利用者の利便や希望(満足感・納得感)も大事。行政の独走も、間違えば(間違わなくてもか)独善になる。
 やり易い行政ではなく、住民第一の行政を実現して欲しいものだ。

by vmn05756 | 2013-12-26 21:58

池田龍一先生のお通夜

12月25日(水)、クリスマス
 朝、風邪気味で少しゆっくり。
 年賀状などを準備。
 夕方6時、池田龍一元県議のお通夜に参列。兄の駒平先生共々県政及び地域の発展に尽力された。

by vmn05756 | 2013-12-25 21:31

クリスマス・イブ、四国お遍路③-18

12月24日(火)、クリスマス・イブ
 イエス・キリストの生誕の前夜祭。敬虔な(?!)仏教徒であり、神道も祖霊信仰も信じる私たち日本人にとっては、お祝いのチャンスは多いに越したことはないかな。日本人の寛容の精神は、この宗教観の多様性とともにあると思う。一神教の国では相手をせん滅するまで戦い、殺し続けるような気がしてならない。てなことを思いながら、クリスマスケーキをいただく。ありがたいことだ。感謝。
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(写真上:四国霊場第18番札所母養山恩山寺。ご本尊は薬師如来。元は密厳寺といい、女人禁制の道場だったが、弘法大師が修行中に老母の玉寄御前が来訪、女人解禁の秘法を7日間で修め、親子体面を果たしたと言われる。)



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(写真中:弘法大師も紅葉に囲まれる。)


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(写真下:釈迦十大弟子の像が展示されている。)

by vmn05756 | 2013-12-24 21:31

叙勲受賞祝賀会

12月23日(月)、天皇誕生日
 朝、中日新聞で高校駅伝女子で豊川高校が4度目のV、との報道。15面では「3区走者からタスキを受け取る4区の榊原海紗」と写真の説明。一色中学校の出身で、県の市町村対抗駅伝では活躍してくれていた。今年は出なかったからどうしてかと思っていたが、この活躍を見て理由がわかった。

 午前11時半、西尾駅前の磯寿司さんで、近藤辰雄さんの叙勲受章祝賀会。西尾市内の職安OBのみなさんと県内の先輩友人が集まりお祝い。第2次大戦後の失業者対策、高度成長期の人手不足対策、学卒の就職問題、構造転換期の雇用安定など大変な時期を県職安行政の幹部として活躍いただいた。
 今は派遣労働の拡大、ブラック企業問題、大手企業の追い出し部屋など、時代は変わっても勤労者の困難は変わらない。労働法制、大労組だけの労働組合の機能不全、勤労者自身の権利意識の希薄など多くの課題がある。その意味で大先輩達の経験や知恵が行政関係者に伝えられることが大事だと改めて思う。
 久しぶりに昼間からお酒をいただき、午後はゆっくりする。

 夕方、天皇陛下の80歳の誕生日のインタビュー記事を読む。80年で印象に残ったことについて、「先の戦争」での「犠牲者を痛ましい限り」とされ、憲法の「平和と民主主義を守るべき大切なもの」と指摘。
 国政に関する権能は持たないが、今の政権の右傾化について懸念を持っておられるのだろうか。
 また、「皇后が常に私の立場を尊重しつつ寄りそってくれたことに安らぎを覚え」「天皇の役割を果たそうと努力できた」とのこと、普通の家庭でもそうだよなあ。
 でもこうした感想を述べること自体、戦前の陸海軍幹部と同様に、「天皇の権威」を借りて(!)発言することになるかも。

by vmn05756 | 2013-12-23 18:40

冬至、四国お遍路③-17

12月22日(日)、冬至。
 朝10時、西尾の郵便局本局。
 a0063907_18573965.jpg午後1時、散髪。
 夜7時、一色後援会副会長会議。新年の活動について協議。その他、産廃問題など最近の話題について意見交換。

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(写真上:四国霊場第17番札所瑠璃山井戸寺。この仁王門は阿波の国を270年にわたって支配した蜂須賀家が寄進したもの。)

(写真中:蜂須賀家は織田、豊臣秀吉らに仕えた蜂須賀子六。四国征伐の功により秀吉から26万石の領地を拝領したとのこと。)

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(写真下:ご本尊の七仏薬師如来像。中央の左右にそれぞれ三体の薬師如来像があり、信仰によって七つの苦悩から離脱できると言われる。)

by vmn05756 | 2013-12-23 18:19

冬本番

12月21日(土)
 朝、良く冷え込む。明日は冬至。暦では冬の真盛りだが、寒さはこれから。
 午前11時、元西尾市議会議長の故磯村氏のご葬儀に参列。温厚な方で色々お教えいただいた。感謝、合掌。
 午後3時、産廃問題について意見交換。炬燵にあたりながら、10年以上前のゴミトラックが行き交う当時の問題の話などお聞きする。大変だなあ。

by vmn05756 | 2013-12-21 23:04

ア・ハンブル・サーバント②

12月20日(金)、
 午前10時、岡崎で事務打ち合わせ。
 12時半、昼食を久しぶりに岡崎の八仙(パーセン)で食べる。家内と二人で1000円ランチの牛筋の煮込み、小えびの甘酢いためをいただく。絶品の美味しさ。西尾の友人に紹介されてから時々行くが、いつ行っても美味い。場所は福岡町南の国正町。西尾岡崎街道沿いだが、新道ができて分かりにくくなった。
 午後2時、西尾で産廃処理場問題に関心を持つ人と意見交換。ドンドン進んでいくが大丈夫かとの心配。市議会の動きなども聞くが、余計心配になる。
 夜7時、一色後援会幹部のご母堂のお通夜に参列。行年93歳とか。長い年月、本当にご苦労様でした。敬意、合掌。
 8時、来客。産廃場問題が心配で来訪、意見交換。このまま市長が突っ走るとこの地域というか三河湾に面する吉良、幡豆も含め、漁業、農業などの一次産業への影響だけでなく、風評被害や、ダンプトラックの頻繁な往来と児童への危険などの問題からも、西尾市全体の住民の生活が大変なことになるとの認識を共有。
 問題は、市役所で作業が着々と進んでいるが、それが市民には、また議会にも知らされないこと。秘密裏に関係者だけで作業を進め、表に出たときには後戻りできない、というのでは市民不在の行政ではないか。
 今工事ばかりやっている一色地域文化広場の再編整備では、私自身4年間の時間をかけて町民の同意や了解を取り付けて、漸く補助金を国から受けて実施を開始したが、そうした民意集約、住民説明の努力もしないで計画変更を独断決定している。
 誰が幸福になるのか、誰に負担をお願いするのか。民主主義のもとでは、為政者はもっと謙虚であるべきだと思う。
 独裁者ではない。ア・ハンブル・サーバント(卑しい下僕、謙虚な召使い)の立場を旨に刻むべきだ。北朝鮮じゃないんだから。でも北朝鮮って、正式名は「民主主義人民共和国」なんだよネ?!

by vmn05756 | 2013-12-21 06:49

浅草寺年末風景

12月18日(水)、
 久しぶりに上京。市川にある姪のお墓にお参り。
 浅草により年末年始の準備の風景を見学。仲見世にはa0063907_027238.jpg外国人が沢山。日本人も一緒になって正月用の品々を購入。羽子板市も立つ。
(写真1:山門も改装工事が終わり、見物客の写真撮影で賑わう。)


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(写真2:羽子板市に集まる観光客。私は板は買わず、羽根を買う。)


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(写真3:裏側から見た山門と五重塔。屋台の準備も進むが、今のところ客はいない。)


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(写真4:浅草1丁目1番1号にある神谷バー。廃線となった名鉄三河線を作った神谷傳兵衛さんが成功した原点。今でも電気ブランや神谷シャトーワインなどを売る。一階はバー、二階はレストラン、三階は割烹リ店が入る。レストランでカニコロッケ、海老フライの昼食をいただく。広い店内だが中高年者のグループで一杯の人気店。味もよし、お手頃な値段だ。)

by vmn05756 | 2013-12-19 23:45

地域広場はグシャグシャ

12月16日(月)
 午前10時、ご葬儀に参列。お店に行くといつも明るい笑顔で応対してくれたおばさん。感謝、合掌。
 11時、来客。いろいろと意見交換。
 午後2時、喫茶店で打ち合わせ。
 3時半、「一色公民館北側の駐車場のアスファルトが全部めくられてい
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るが何の工事か」と問い合わせがあり、現場の確認。確かに。何の工事か。西尾市役所の北側駐車場のように、樹木が植えられた駐車場にするためとか。
 樹木を配置するなら、当初の緑の公園づくりの構想のように、公民館と図書館の間に英国式庭園の真似をして、中央には池を配置し、四隅に山本眞輔先生の彫像を配置して、若い人たちがゆっくりした時間を過ごせるように、また児童遊園の後は大きめの遊具を設置し、町内・市内全域から親子連れで公園デビュー、遊戯時間を楽しめるようようにする計画だった。今までの駐車場でも2年前に立派に完成させたものなのに、利用者の皆さんの声を聞くと、「工事ばかりやって」、「カネの無駄遣いだ」などの怒りの声が多い。
 まったくネ。地域文化広場の再編整備は、私の最初の町長選の公約「長期ビジョンの作成」「一色のヘソの建設」を踏まえて、4年をかけて実行に移ったもの。
 まず有識者によるビジョン検討委員会の報告、小学生による公園構想図画の募集、住民参加のワークショップ開催、コンサルタント会社による基本設計、最後は町民に対するパブリックコメントの募集を行い、議会に報告し、国交省の補助金も「街づくり交付金」をもらえることになり、工事予算を議会の了承を経たものである。
 そして、合併協定の際にはこの事業の継続実施をお願いした。合併協定違反でもあり、4年の時間をかけての町民同意の民主的手続きを踏みにじり、自前の町税(市民税)の節約を台無しにしたものである。
 あーァー、その結果が、公民館の北側、東側、南側はみな駐車場、西側は道路。地域「文化」広場の看板が泣く!「地域駐車場広場」と改称すべきだろう。かくして一色町地域に魅力を感じる若い世代も子育てパパママもいなくなる。
 金をふんだんに使って、地域の魅力をそぎ落とすとは!産廃処理場問題では黙りこくって、一色地域出身の市会議員の皆さんは住民の声や将来世代の夢を、どうとらえているているのだろうか。
 西尾や吉良や幡豆と違って、ほとんどが干拓地であったの一色地域にないのは、みどりの公園、緑のかたまりなのだ。緑がふんだんにある地域の皆さんには分からないだろうから、頑張って欲しいものだ。
 4時過ぎ、来客。いろいろ意見交換。

by vmn05756 | 2013-12-16 23:37